社会福祉法人 調布市社会福祉事業団 なごみ そよかぜ すまいる まなびや ちょうふだぞう すこやか すてっぷ あゆみ


理事長便り
2013/12/4(水)

 このところ天気も安定し冬晴れが続き、空が青く澄みきって気持ちの良い朝を迎えています。国道20号線の銀杏の木も黄色く色づき、まもなく強い北風とともに一斉に落ち葉の乱舞がはじまります。味スタ通りでも冷たい風が吹きぬけ、桜並木の落ち葉が音を立てて空を舞い歩道を走り抜ける葉音はなぜか悲しげで寂しい季節を感じさせます。

 晩秋から冬にかけて赤い実をつける木が多く、くろがねもち、南天、錦木、千両等々、一方で咲く花木は少なく花は控えめに咲いています。紅葉の時期を迎えるといつの間にか山茶花(サザンカ)の花が咲き始めます。自宅近くのお宅の庭にも立派な山茶花の赤と白の花が咲いていて行きかう人の目を楽しませてくれています。花芽は桜と違って休眠せず一本の山茶花の花芽のでき上がりに1か月くらいの差が生じるようで、花が咲いて散ったあと、さらに新しい花が次々と咲き出て3か月くらいの長い間に順次咲きますので、花の少ない寒い1月頃でも観賞できます。花は椿と違って花びらが一枚ずつ散り、冬の訪れを感じる飾り気のない山茶花は、庭木や生け垣として利用され冬を彩る数少ない花木です。

 冬の風物詩、イルミネーションやクリスマスツリーが街を彩りはじめました。事業団の各施設でも工夫を凝らして様々なクリスマスの飾りつけをしています。なごみでも利用者の方と家族会のボランティアの皆さんがクリスマスの飾り付けを終えて、楽しいクリスマス会を心待ちにしています。

 先月、社会福祉事業団の25年度第2四半期事業報告書(案)、会計報告書(案)について監事監査(11月14日実施)を受け、11月22日には理事会・評議会において、平成25年度予算の執行における事業団第1次補正予算(案)と事業団中長期計画(素案)そして規定の一部改正(案)等5件の審議と3件の報告を行いまして、いずれも了承されました。また、同じ日に調布心身障害児・者親の会の役員の皆さんとの話し合いを行いました。例年、親の会の皆さまとは、事業団の各施設の運営の現況や課題、要望等、親の会の皆さんのご質問を真摯に受け止め、利用者の皆様が安心して施設を利用できるよう話し合いを行っているものです。調布市の障害者福祉の流れは長年、親の会の皆様が行政や作業所連絡会等の関連団体と連携しながら様々な運動を展開し土台を作り上げてこられました。
 当事業団でも理事会・評議員会で多くの経営上参考になる貴重なご意見をいただき感謝いたしております。

 先月(11月)は児童虐待防止推進月間で、「親が安心して楽しく子育てできるよう、周りの人が支援することで虐待防止を」とのキャンペーンでオレンジリボンを胸につけました。2012年に報道などで把握された子どもの虐待死は62事例68人で、かなりの頻度で虐待により亡くなった子どもたちのニュースが報道され、関係する各機関の連携、対応の遅さが常に問われています。ニュースに接する都度胸が痛み、悲しみがこみ上げてきます。「周囲に頼れる人がいない」、「同じ子育て中の方との付き合いが苦手」、「家事と育児に追われて自分の時間が取れない」核家族化で、様々な悩みを抱えながら、誰にも相談できずにストレスを抱える方が増えてきています。

 事業団が運営する「子ども家庭支援センターすこやか」は子育て支援に関する総合施設として、地域で子どもと家庭を支えるため、多くの事業を通して総合的な援助を行い、安心して子どもを産み育てられる環境づくりの場として設置されました。ここでは、子育ての総合相談を臨床心理士やワーカーまた、看護師等の専門職が受け、悩みを持った母親等に情報提供やアドバイスを行っています。虐待関連の相談等についても関連機関と連携しながら対応し、子どもとその家族を見守り受け容れて、繰り返される児童虐待を予防する機能を果たしています。

 願いかなえる五輪「夢はつづく」、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開催されたオリンピック招致活動で、東京のプレゼンテーションを行ったパラリンピック陸上の佐藤真海選手が自分の歩んできた道をプレゼンする堂々とした様子は今でも忘れられない。
 佐藤真海さんは宮城県気仙沼市に生まれた。子どもの頃から活発でスポーツが大好き。地元の中学・高校では陸上部で長距離に打ち込んでいました。大学2年のときに見つかった右足の骨肉腫のために膝下を切断。「退院してスポーツができなくなったら、どうやって生きていけばいいだろう」退院後、家に閉じこもっては泣いてばかりの日々が続いたそうです。翌年の暮れ「このままでは自分がダメになる」「抜け出すにはどうすればいいだろう」いろいろ悩んでいたとき自分を振り返り、「これまで私はスポーツで目標を作り、達成することで充実した日々を過ごしてきた。またスポーツを始めてみようか」、沢山の人たちに支えられ、励ましてもらいながら、困難を乗り越えた先に夢がある事を知る事ができたそうです。スピーチに込めた思いは、そんな出会いを作ってくれたスポーツの素晴らしさと感謝の気持ちでした。義足で高校以来となる陸上に打ち込み、パラリンピックという目標に向かって自らを駆り立てて高めてきたという。2011年3月の東日本大震災で実家も含めて故郷が津波の被害に遭ったとき、多くのアスリートが東北を訪れて元気を届けてくれたこと。自分自身も被災した子どもたちの立ちあがろうとする姿に勇気をもらい、3大会連続となったロンドン・パラリンピックに出場した。いまここに自分がいるのは、「高校まで続けていた陸上に再会し、スポーツに救われたから」スポーツは人生において大切な価値観を与えてくれた。それを2020年の東京で世界の方たちと分かち合うのです」、「五輪招致が復興の一翼を担ってほしい」との願いも一緒にスピーチで訴え、多くの人に感動と勇気を与えてくれました。2020年のパラリンピックでは障害者スポーツを通じて障害者理解がより一層進むことを願っています。


                   理事長 中根義雄




 
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