社会福祉法人 調布市社会福祉事業団 なごみ そよかぜ すまいる まなびや ちょうふだぞう すこやか すてっぷ あゆみ


7月理事長だより
2014/7/4(金)

7月に入りました。先月中旬は、梅雨の中休みだったのか晴れて暑い日が続きました。29日(日)は大気の状態が不安定となり、都内では局地的に激しい雷雨で冠水が起き、落雷で一部地域が停電しました。三鷹市や調布市内では尋常ではないひょうが降り被害もでました。大気の状態の不安定さは、急な激しい雨や落雷には十分注意が必要です。
このところの朝晩と日中の気温の変化は体にこたえます。体調が崩れやすくなります。利用者の皆さんや職員には、こまめに水分を摂ってバランスの良い食事と睡眠で体調を整え、あわせて紫外線にも十分気を付けるよう注意喚起をしたところです。
 先月(6月16日)、厚生労働省は「社会福祉法人のあり方等に関する検討会」に報告書案を示し、大筋で了承されました。早ければ今月にも「社会保障審議会福祉部会」が立ち上げられ、2015年の通常国会で社会福祉法などの法律改正が予測されます。検討会報告書案の骨子は、「公益的な活動」、「組織の体制強化」、「透明性の確保」、「規模拡大・協働化」、「監督の見直し」が柱となり議論されます。一方、政府の規制改革会議でも6月13日に第2次答申が出され、「介護・保育事業の経営管理の強化とイコール・フッティング確立」を最優先案件として、すべての社会福祉法人に社会貢献を義務付けることを提言しています。社会福祉法人制度が見直されるのは2000年の社会福祉基礎構造改革以来で、厚生労働省は社会福祉法人が、多くの優遇措置を受けながら社会の変化に対応しきれていないとの批判も含め厳しい現実におかれているとしています。今、福祉は大きく変わろうとしています。社会の変化や市民の意識変化に対応した施策の展開を担っていくことが重要視されています。障害者福祉の分野では地域の中で自立した生活をしていくことは自然なことという意識に変わりつつあり「利用者にサービスする福祉」から「利用者と地域の力を生かす福祉」へと大きく変わろうとしている。
 事業団はこうした環境の変化にも対応してきていますが、引き続き、調布市の福祉・子育て関連施策との整合性を図りつつ、地域社会に有用であり続ける法人として、設立時に掲げた「公的責任の明確化を図るとともに、調布市と一体となり社会福祉事業の推進に努め地域と協力して地域福祉の増進に寄与する」という方針で地域における福祉サービスの担い手としての役割を果たしていきます。
今の時期、はっきりしない天気に振り回され気持ちが塞ぎ込みがちです。先日散歩の途中で、農家の方が倒れた苗を起こしたり、小さい苗に大きい苗を追加して植えていましたが、田植え直後の田んぼは、苗の緑よりも茶色がかっていましたが、今は緑色が全体に広がって稲が育ってきているのがわかります。
 三年前、東日本大震災の津波が東北地方の米どころの水田を一気に呑み込みました。特に、宮城県では、水田全体の3分の2に津波被害が及びました。先祖代々受け継がれて丹精込めて大事にしてきた田んぼが・・・。津波に押し流されている乗用車、瓦ぶきの屋根など、避難した高台からただ呆然と眺めているしかなかった。ほとんどの農家は、自宅は津波で全壊、農機具などが入った倉庫も跡形なく消え、トラックター、コンバインも流され、農道や揚排水設備が大きな被害を受け、田んぼには津波で流された粗大ごみや瓦礫がうまり大量の海水が流れ込みました。瓦礫を撤去し海水につかった田んぼを完全に塩抜きにするには4〜5年かかるともいわれ、かつての農村での人々の暮らしは失われてしまいました。津波で家族を亡くし、家も財産も失くし避難生活の中で農業を続けていく気力も奪われた方も少なくありませんでした。当時は、海水でつかった田んぼが塩害で使えなくなっただけでなく、浸水をまぬがれたのに、下流の行方不明者の捜査や瓦礫の除去作業などへの影響を考慮して水を張ることができない状況で農家は途方に暮れていました。4年目を迎えた今でも震災の被害が多く残り、宮城県仙台市東部地区では、農地の復旧が最も遅れていた水田約200ヘクタールで今年、4年ぶりの田植えが行われました。ここの水田は肥沃な表土が津波で削り取られるなど厳しい状況でしたが、生産者は「手をこまねいてはいられない」と語り再開に踏み切りました。仙台市若林区荒浜地区でも、震災から3年を経てようやく田植えにこぎつけ、最大50センチに及ぶ地盤沈下のため塩分濃度が高い地下水の影響や、耕すたびに出てくる大小の石などの除去に対処しました。昨年は、土壌回復の効果があるとされる大豆の栽培を試みましたが収穫量は3割でした。今年の田植えが終わった田んぼは一面に緑色の稲が風に揺れています。梅雨空を見上げながら生産者は「代々受け継がれてきた農地を震災前の状態に回復させたい」と決意を話されていました。被災地の農家の自立を多くの関係者やボランティアが支え様々な取り組みが行われ、復興、復旧の道が広がっていきます。被災地の皆さんのねばり強さと底力をあらためて感じています。
 2014FIFAワールドカップブラジル大会が決勝トーナメントに入って連日熱戦が続いています。日本の一次リーグを突破に期待を寄せていましたが、残念ながら世界の壁は高くて厚かったです。スペイン、イタリア、イングランドなど優勝経験国が予選リーグで敗退するなど大きな波乱も起き、決勝トーナメント16か国に残るのはかなり厳しいことがわかります。2011年の震災後、すぐにザッケローニ監督は日本に戻ってきてくれました。また、多くの選手達も被災者の皆さんを励ましてくれました。当時、国全体が比常に困難な日々を過ごしていた中で、復興への力の一つとして日本サッカー界を先導するザッケローニ監督が貢献されたことは忘れられません。被災地からも大声援が遠く離れたブラジルに、そして未来に向けて希望を残してくれた若い選手たちが次回のワールドカップでは活躍できるよう、今回の厳しい結果と経験を生かしてくれることを期待したい。

                              理事長 中根義雄




 
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