社会福祉法人 調布市社会福祉事業団 なごみ そよかぜ すまいる まなびや ちょうふだぞう すこやか すてっぷ あゆみ


3月理事長便り
2016/3/1(火)

 3月に入りました、先月25日の夜、都心などは雪が降ったようです。出勤途中、多摩市の桜ヶ丘の丘陵が真っ白でびっくりしました。2月は梅見月(うめみづき)という異名もあるそうですが、その名の通り先月は梅の花も見ごろを迎え春の訪れを感じていました。寒い日も続いていましたがこのところ少し気温も上がり春らしくなってきました。まもなく梅の花も終わり、桜や桃の花が咲く季節。事業団周辺の桜の蕾もだいぶ膨らみ、春の訪れを感じさせるように桜並木全体が霞がかった様子に変わってきています。
 「平成28年2月20日号」の調布市報では、障害者差別解消法が平成25年6月に公布され、平成28年4月1日に施行されるとの記事が掲載されています。この法律は、障害のある人やその保護者に対しての「障害を理由とする差別」をなくすための法律です。
 平成26年、国連に障害者権利条約の批准を寄託し、障害者の権利を守る国として世界の仲間入りをしました。この締結にいたるまでには障害者制度改革のための議論が行われました。障害者施策全体を見直し、「障害者基本法」が改正(平成23年)され、「障害者総合支援法」の施行「障害者雇用促進法」の改正も行われました。「障害のある人に対する権利や無理解、偏見をなくす」事を狙いとした、「障害者差別解消法」も制定されました。基本的な考え方は共生社会を実現し、障害者の社会的障壁を取り除き不当な差別を解消する事が目的となっています。
 例えば、障害があるというだけで、住まいを貸してもらえないとか、車いすでお店に入れない、スポーツクラブに入れないなどの差別をされる場合などが「不当な差別取り扱い」とされ、聴覚障害のある人が説明を受ける場合、「手話通訳」や「見て理解できる資料」を準備しないことなどを「合理的配慮をしないこと」となります。障害のある方から何らかの配慮を求める意思の表明があった場合に、負担になりすぎない範囲で社会的障壁を取り除くために便宜を図ることが必要になってきます。使いにくい施設を減らし、利用しにくい制度を改め、障害がある方の存在を意識していない慣習や文化を改めていこうとするものです。障害者本人だけでなく、家族や介護者も含んで、現状を振り返り障害者差別の解消のあるべき姿を明確にすることは、先ず越えなければいけない課題となっています。関係者をはじめ事業者の方、市民の皆さん、障害のある方などすべての方が、障害者差別の解消とは何かを理解し、課題を共有して進んでいく事が大事です。障害のある方やその家族の思いや願いを受け止め、人として尊厳を持ち、安心して暮らし、また活動できる地域社会、住みたい場所で生活できる社会を実現するため、差別解消法が絵に描いた餅にならないよう努めてまいります。
 東日本大震災及び福島第1原発事故発生から5年が経ちます。あらためて震災で亡くなられた方々へ深く哀悼の意を表するとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、この間、道路や鉄道、漁港などインフラの整備、住宅の再建、農地の改良、整備、除染作業など、復旧・復興に向けご尽力されている数多くの関係者、ボランティアの皆様方に心から敬意を表するとともに感謝を申しあげます。
 先月(2月7日)、宮城県釜石市で節分行事に東日本大震災の教訓を継承する事を目的とした「新春 韋駄天(いだてん)競走」が行われました。津波で浸水した市街地(只越町)をスタートし、標高30メートルの高台にあるお寺(仙寿院)を目指して参道を通って境内までの坂道286メートルを一気に駆け上がり、その速さを競う催しです。津波から逃げ駆け上がって命が助かった坂道で、「逃げることはいいことだ」と高台への避難意識を根付かせることが狙いで。平成26年から始まり今回で3回目。昨年は「福男選び」で有名な西宮神社(兵庫県西宮市)の協力もあり、節分行事に合わせ高台の仙寿院を目指し駆け上がり福をつかんだ1位に「福男」、「福女」の称号が与えられました。男子で1位になった高校3年、田代さん(18)は、中学時代に津波で自宅を失い、家族とともに盛岡市で暮らしています。陸上部員で短距離は得意、「津波が迫っているという危機感を持って一生懸命に走った。これからも何かあれば素早く高台に逃げる。周囲の人も一緒に逃げることを意識したい」と話す。親子の部で1位の「福親子」になった会社員の父親は「津波が来たら高台に逃げることを子どもに教えたかった」と強調していました。
 この釜石・韋駄天競走より一年早く、西宮神社の公認をもらって開催しているイベントが宮城県女川町のイベント「津波伝承 女川復幸男」です。女川町はリアス式海岸の湾奥に位置し、比類のない良港として、人々は暮らしの礎を築き、海のきれいなまち、水産業が盛んなまちとして海の恩恵をうけていました。しかし、女川町は津波を受け止めやすい地形でもありました。大きな津波は女川の町をたやすくのみ込み、そこにあった暮らしの風景を無残に破壊し、町のほとんどをうばわれてしまいました。山間の集落にまで津波は押し寄せ、建物の倒壊率は80%以上、家屋流失などの津波被害にあった方の半数以上が命を失い、あるいは行方不明となりました。町民の10人に1人の方が亡くなり、その被害の大きさは三陸地方の津波被災地でもっとも高い数字です。「もっと高台へ逃げていれば助かったはず」、「これまで何度も津波に襲われて、怖さは知っていたはずなのに」時間は逆戻りできません。町の人たちは誰もが奥歯をかみしめました。震災から2か月後の5月、女川高校グランド(現在の「きぼうのかね商店街」)に移転した仮設商店街で 〜女川の町は俺たちが守る〜おながわ復幸市!店は流されても商人魂は健在です!と題したイベントが開催されました。女川の商工業者がいち早く事業再開に向けて始動したことで、皆に希望を持ってもらうことを目的に行われました。多くの被災者の皆さんは高台に避難して帰るべき場所を失い、震災後、自ら身を寄せる避難場所から他に出ていく機会もなく失意のどん底にあった。町の人たちに元気を出してもらおうと開催された復幸市に集まったその多くは町の人たち。再び町内で買い物ができる喜びもあったが、避難して離れ離れになっていた住民が、被災後初めて再会し、生きていることを確かめ合った。人々は抱き合い、涙を流して再会できた喜びを味わう姿が会場のあちこちにあった。そして、震災の翌年、平成24年年3月には、復幸市を継承する形で、町の若者たちが「女川復幸祭2013」を企画開催するなかで、「津波の恐ろしさを伝えるイベントも加えたい」と考えた。何か大事なことを後世に伝えるとき、人々は「祭り」という手段をとってきた。「津波が来たら高台へ走って避難する」。これは津波避難の基本です、過去の貞観(じょうかん)、慶長の大津波伝承と同じく、女川町の民族伝承となるように育てていきたい、何かの形で後世へ伝え続けたい、一過性のイベントではなく年中行事として続けていきたいとの思いから生まれた企画が、「津波伝承 女川復幸祭男」でした。 ヒントになったのは、兵庫県西宮神社の恒例神事「十日戎開門神事福男選び」でした。女川復幸祭実行委員会は、この神事を模倣させてほしいと西宮神社に申し出ました。「福男選び」に似たイベントは全国にいくつもあって、一つひとつに関与はしていないそうですが、「マネをさしてほしい」と真正面から申し出てこられたのは女川町が初めてだそうです。「私たちも阪神大震災の時は全国の皆さんからたくさんの支援をいただき、神事も続けることができました。その恩返しでもあり、私たちの「福男選び」の神事が、女川の皆さんに福を届ける事になるなら、という訳で協力することになったそうです。こうして西宮神社「公認」の、「女川復幸祭2013」で「津波伝承 女川復幸男」が開催されました。今年の「女川復幸祭2016」は3月26日(土)に開催され、「津波伝承 女川復幸男」は、午前9時20分、女川駅付近をスタート全長約300メートルを走る。「千年先までみんなの安全を守りたい!」震災の教訓が”祭り“で伝承される事になります。
 平成27年度も残り1か月となりました。調布市が設置する社会福祉施設を受託経営し、公的責任を保ちつつ、広く市民の多様化する福祉サービスのニーズに応え社会福祉の向上に努めてまいりました。本年度につきましても、限られた経営資源を最大限に活用し、経営理念を念頭に良質なサービスを持続的かつ安定的に取り組み、各事業も計画に沿って円滑に進捗し事業運営が図られているものと思っています。引き続き、職員一同、地域福祉の中核として、障害福祉・子育て支援事業に取り組み、利用者の人権や暮らしを守り、地域で元気に健康な日々を過ごせるよう利用者に寄り添った支援を心がけてまいります。皆様には今年度、ご尽力を賜り大変お世話になりました。ありがとうございます。28年度もご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

                           理事長 中根義雄




 
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