かつて,私が子どもの頃,週刊少年マガジンに連載されていたちばてつや氏の『紫電改のタカ』に登場する戦闘機ゼロ戦や,川崎のぼる氏の『巨人の星』の主人公・星飛雄馬の姿を真似て,夢中で絵を描いていた記憶があります。小学校高学年の際に授業の一環で訪れた牧場で描いた牛の写生画は,決して上手とは言えない絵でしたが,人生で唯一入賞を果たした作品でした。当時のことを細かく思い出すわけではありませんが,ただ,目の前の風景を自分なりに感じ取り,素直に表現できたのではないかと,今ではそう振り返っています。その後も,いつかまた絵を描いてみたいという思いは心の奥底にあり続けながらも,実際に筆を取る機会は訪れていません。
そんな中,昨年,「アール・ブリュットみたか2024」「調布市パラアート展2024」を訪れ,障害のある方々が手がけた数々のアート作品に触れる機会を得ました。作品の一つひとつに,作者の内なる思いが真っ直ぐに投影されており,時に心に切なさを覚えるような表現もありましたが,総じて自由闊達でのびのびとした,観る者に喜びと温もりを与える作品が多く並んでいたように思います。
「調布市パラアート展2024」には,当事業団が運営する「すまいる」「そよかぜ」「まなびや」の各施設からも出展し,「まなびや西町」の『いっぱいの愛』,「すまいる」の『すまいるハート』が見事入賞を果たしました。いずれも利用者による合同制作で,カラフルなハートが画面いっぱいにあふれる,愛に満ちた心温まる作品でした。
さらに,「なごみ」に所属する本田亮裕さんの作品『小湊鐡道』は,「アートパラ深川2024」において観光庁長官賞を受賞しています。澄み渡る青空の下,大きな太陽が輝き,一面に咲き誇る黄色いチューリップ畑を走るローカル列車の情景は,のどかでありながらも力強く,列車下部の駆動装置に至るまで細かく描かれており,誰しもが思わず乗ってみたくなるような魅力を放っています。木村隆さんは,自動車の特徴を全体像からも細部からも見事に描き,その作品「ホンダステップワゴン キャンピング VIP LED 華の吉原 ステップワゴン」は第38回(2023)東京都障害者総合美術展で奨励賞を受賞しています。また,人物画も得意とし,施設職員の似顔絵なども数多く描かれています。「そよかぜ」の三輪康介さんの作品『レッド』は,赤を基調に青・黄・緑が縦横無尽に広がる構図で自由に心象を表現し,「2021パラアートTOKYO」において入選されました。
当事業団では,利用者一人ひとりの個性と感性を尊重し,アート専門講師の協力のもと,創作活動に力を注いでおります。アートは,言葉では伝え難い思いや感情を形にする手段であり,自己表現の喜びと達成感をもたらすと同時に,地域社会とのつながりを築く架け橋ともなります。アート活動は各施設で広く展開されており,援護施設のエントランスや廊下にも,利用者の皆さんが描いた作品が所狭しと展示されています。どの作品も個性豊かで,見つめていると心が自然と和み,癒される感覚を覚えます。自由で純粋な心のままに表現された作品だからこそ,観る者の感情に深く訴えかけるのではないでしょうか。今後も,アート活動を日常生活の中に積極的に取り入れ,より多くの方々に作品をご覧いただくことで,「パラアート」の輪を広げてまいりたいと考えています。
こうした活動,作品に触れるうちに,かつて子どもだった自分が「無心で絵を描いていた記憶」がふと蘇ったようにも感じました。少し大げさかもしれませんが,心のままに何かを描いてみたいーそんな静かな思いが芽生えました。
理事長 伊藤栄敏