令和8年9月理事長便り←こちらからも内容ご確認いただけます!
7月21日をもって、24年にわたり調布市政のかじ取りを担ってこられた長友市長が退任されました。
私は、この24年間、市長の身近で政策の立案や実現に携わる機会をいただきました。市政には多くの課題がありましたが、その中でも市民生活に直結する福祉・子ども施策を中心に、市長の歩みを振り返ってみたいと思います。
私は一行政職員として、法令や計画、予算に基づき着実に事業を進めることを使命として仕事に取り組んできました。一方で、市民から直接信託を受けた市長は、市民の声を的確に捉え、時には従来の枠組みにとらわれず、必要な判断を下していく立場にありました。その違いを実感する場面は少なくありませんでした。
市長が就任当初から力を注がれた施策の一つが、子ども医療費助成の拡充と中学校給食の実現でした。平成15年度には、多摩26市で初めて乳幼児医療費助成の所得制限を撤廃し、その後の東京都制度の拡充も相まって、令和5年度には18歳以下の医療費が完全無償化されました。
また、中学校給食については、小学校で調理した給食を中学校へ配送する方式を採用することで、多額の施設整備費を抑えながら早期実現につなげました。現在では給食費も無償化され、子育て世帯を支える重要な制度となっています。
教育環境の整備にも継続して取り組まれました。当初は教室への扇風機設置から始まり、その後は全教室へのエアコン整備、さらに体育館への空調設備設置へと発展しました。猛暑が常態化した今日では欠かせない環境整備となり、当事業団が運営する学童クラブや「あそビバ」でも、子どもたちが安心して元気に活動できる環境につながっています。
特に印象に残っているのは、全国的な課題となった保育園待機児童対策です。当時、調布市は多摩地域でも待機児童数が多く、従来の整備計画だけでは解消の見通しが立たない状況が続いていました。そのような中、市長は「翌年度には顕著な成果を出す」という明確な方針を示し、保育施設の整備を大幅に加速させました。その結果、複数の保育園が開設され、待機児童は着実に減少していきました。計画を着実に進めることも行政には必要ですが、状況に応じて計画を見直し、迅速に方向転換する決断力もまた、市長に求められる役割であることを改めて感じた出来事でした。
当事業団に関わる分野でも、平成21年度には子ども発達センターが開設されました。発達に遅れや偏りのある子どもへの支援ニーズが高まる中、相談事業や通園事業は着実に充実してきました。通園事業「あゆみ」の卒園式では、市長が毎年一人ひとりに卒園証書を手渡し、温かく声を掛けられる姿が今も印象に残っています。
令和2年には、障害のある子どもとない子どもが共に生活する全国的にも先駆的な取組である「ゆずのき学童クラブ」が開設されました。さらに、令和6年の「デイセンターまなびや国領」「ワークライフカレッジすとっく」、そして本年4月の「調布市障害者施設こもれび」の開設へと、障害福祉施設の整備が着実に進められました。これらは、市長が就任以来毎年続けてこられたNPO法人調布心身障害児・者親の会との懇談を通じ、市民の声に耳を傾け続けた積み重ねが形となったものではないかと思います。
忘れることのできない出来事として、新型コロナウイルス感染症への対応があります。全市民を対象としたワクチン接種では、駅前広場での大規模接種会場の設置や、電気通信大学体育館の借用について市長自ら大学へ協力を要請されました。また、ワクチン確保のため、国にも直接働きかけるなど、自ら先頭に立って行動されていました。さらに、市民生活を支援する「調布っ子応援プロジェクト」は令和7年度までに第10弾を数え、多くの市民を支える取組となりました。
このような様々な課題に直面する中で、市長は必要な方向性を示し、必要以上に多くを語ることなく、自ら行動する姿勢を貫いてこられました。その背中を見ながら仕事ができたことは、私にとって貴重な経験でした。
もちろん、市政の成果は市長お一人の力だけで成し遂げられるものではありません。多くの職員や市議会、関係機関、市民の皆様との協働があって実現したものです。しかし、その先頭に立ち、方向性を示し続けたことは、市長の大きな役割であったと思います。
24年という長い歳月を振り返れば、ここに記すことができたのはほんの一部にすぎません。それでも、この間、調布市が子育てや福祉の充実した、市民が誇りを持てるまちへと着実に歩みを進めてきたことは間違いありません。
身近で市政に携わる機会をいただいた一人の職員として、長年にわたるご尽力に心から敬意を表するとともに、深く感謝申し上げます。
