令和8年7月理事長便り←こちらからも内容ご確認いただけます!

 

私は前職において、年頭の仕事始めの挨拶で「この一年も全員野球で頑張ろう」という言葉をよく用いてきました。自分では職員に十分伝わっているものと思っていたのですが、ある時、若い女性職員から「それはどういう意味なのでしょうか。私は野球をよく知りませんし、今の若い人には分からないのではないでしょうか」と尋ねられ、はっとさせられました。

昭和世代の私たちにとって、「全員野球」とは、一人ひとりが役割を果たしながらチーム全体で目標達成を目指すことを意味する、ごく自然な表現でした。しかし、野球に馴染みの薄い若い世代にとっては、そのイメージ自体が共有されていないことに気づかされたのです。

私たちが青春時代を過ごした昭和には、「全員野球」「一致団結」「一丸となって」といった言葉が、学校や職場で頻繁に使われていました。また、「根性」や「ガッツ」という言葉も、人を励まし奮い立たせる前向きな表現として受け止められていました。しかし今日では、そうした言葉は精神論や過度な努力を求めるものとして受け取られることもあり、時代の変化を感じます。

同じように、「頑張れ」という言葉も、かつては励ましの定番でしたが、現在では相手の状況によっては負担やプレッシャーとして受け止められることがあります。また、「背中を見て覚えろ」という育成の考え方も、今では丁寧な説明や対話を通じて学びを支えることが求められるようになりました。言葉だけでなく、その背景にある価値観も変化しているのです。

そのことをさらに実感したのが、昨年七月に実施した労務研修での一幕でした。講師が「七時十分前に集合」という言葉の受け取り方が昭和と現代では異なる、と話されたのです。私は当然「六時五十分集合」と理解しましたが、若い世代の多くは「七時十分集合」あるいは「その少し前」と受け止めるというのです。

改めて考えてみると、私たちには自然な「ナウい」「ガッチャンコ」「イッテコイ」「鉛筆なめなめ」といった言葉も、今ではほとんど通じません。反対に、私が戸惑うことがあるのは若者が多用する「やばい」という言葉です。昭和の時代には危険や失敗を意味する言葉でしたが、今では「素晴らしい」「楽しい」「感動した」といった肯定的な意味でも使われています。「エモい」「バズる」「映える」「推し活」といった言葉も同様で、言葉は時代とともに変化し、世代ごとに異なる感覚を生み出しています。

言葉は生き物であり、社会の変化とともに姿を変えていきます。世代間の違いを嘆くのではなく、多様な世代が共に働き、同じ目標に向かって歩むためには、お互いが分かり合える言葉を選ぶ努力が必要です。私たち昭和世代も若者の言葉を頭ごなしに否定するのではなく、その意味や背景を理解しようとする姿勢を持ちたいものです。同時に、私たちが大切にしてきた言葉についても、その由来や思いを丁寧に伝えていくことが大切でしょう。

昭和の時代と現代とでは、働き方も価値観も大きく変化しています。しかし、世代を超えて力を合わせ、より良い仕事を目指すという本質は変わりません。『全員野球』を今風に言い換えると『ワンチーム』となりますが、表現は違えども目指すところは同じです。利用者の皆さんへのより良い支援のために、その思いを常に持ち続けてまいります。

伊藤 栄敏